リフレクソロジースクール&サロン      リフレクソロジー    リフレクソロジー スクール
 ■ このスクールに関して


    ■ 【Christopher.R】 オーナーリフレクソロジスト 早 水 廣 明

スクールと言うよりも「師匠と弟子」のような関係で教えて行きたいと思います。
実は、私は大手スクールを卒業し、その直営サロンに長く勤めていました…。

一般のお客様は、もちろん。芸能人、著名人の施術を含めますと、延べ10,000人ほどの施術経験があります。

ですから、リフレクソロジー業界の「裏も表も」熟知しているつもりです。

その私が指導するスクールでは、一般のスクールの至らない部分を改善した上で、カリキュラムを組み、講義をしております。 

だから、規模は小さいですがハイレベルなのです。

「ゆったり・じっくり・しっかり」教えていきますので、落ちこぼれはさせません。 スクール生に「私の体得してきたリフレクソロジーの世界、すべて」をお伝えしていきます。
 


 ■ ひとりのリフレクソロジストとしての思い。


     ■ リフレクソロジーができても、仕事にはならない現実。  
                                    2009年 春         

昨年に「ワンコイン・ワーカー」の記事を書いてから、1年になろうとしています。このページの下の方に、ありますので、その記事をまだ読んでいない方は、そちらから読むと良いかと思います。

そこでは、派遣社員の現実を書いています。その記事が昨年の春・3月ころでしょうか?

そして、そのころと2009年の早春を比べると…。

状況は悪化しているのか分かるかと思います。

リーマンショックは昨年の秋ですね。株価の下落、円高…。
そして派遣切り、年末・年始の「年越し派遣村」。
大手企業の赤字転落…。 加速度的ですね。

そんな中で「手に職を」と、リフレクソロジストを目指す方も急増しています。

再三再四、このホームページでも語っていることですが…。

どこぞのスクールに入って、リフレクソロジーの勉強をする。
そこそこの練習を重ね、スクールの設定した履修期間が近づけは、試験を受け、めでたく認定証をもらえます。

さて、肝心なのはそれからです…。

リフレクソロジストの認定証をもって、リフレクソロジーサロンの面接を受ける、
そのとき、あなたの頭の中は真っ白になるハズ…。

面接担当者との会話もママならず、覚えていたはずの反射区が出てこない。

指も動かず途中で止まってしまう…。

これでは、採用されるハズもありません。

このような新米リフレクソロジストは、ほぼ7~8割なのではないでしょうか?

本当に仕事となった場合に、いかに自分がいい加減な勉強をしてきたかが分かると思います。でも、そのときは既に手遅れです。

スクールでリフレクソロジーのテクニックだけ教わっても、実際の仕事にはならないのです。

ましてそのテクニックも、短期間で学んだものだったならば、程度が知れているものです。

施術テクニックだけ学んでも、実際の仕事をしていく上では、素人も同然です。

施術テクニック以外に学ばなければならないスキルがたくさんあります。
それは、アロマやハーブの勉強ではありません。
そのスキルの存在すら知らないスクールが非常に多いのです。

だから、生徒も教わってない…。 知らないのも当然ですね。



     ■ リフレクソロジーの資格を得て、開業しても、結局続かない…。

どこかのスクールでもらったリフレクソロジストの認定証。

そんなものを頼りに開業しても、続きません。
サロンを運営しつづけられないのです。

もちろん、卒業したら、一般のスクールは、卒業者には心底、親身になってくれません。

施術テクニックだけ持っていても、「商売」を分かってないリフレクソロジストたちは、一年。 踏ん張っても、三年くらいで、廃業していきます。

なぜでしょうか?

ゼロからのスタートなのです。

開業時点では、お客様は一人として存在しません。
どこからか集めてこなければなりません。

その方法をスクールで教えてもらっていないのです。

「チラシを巻けばよい。」

  そんな程度でしか考えていないのです。



そして、ひとりのお客様に、二度、三度、四度と、くり返し来店してもらわなければサロンは直に潰れてしまうのです。

お客様を固定化する方法。

その方法をスクールで教えてもらっていないのです。
「リフレクソロジーが上手ければ、必ずまた来てくれる。」

  そんな程度でしか考えていないのです。

もっと、考えてスクールを選び、入学しないと「お金」と「時間」が無駄になってしまうのですよ。




     ■ 使って楽しい「ケータイ」。
          でも、ワンコールワーカーも生み出す恐怖も持つ。 2008年 春

「携帯電話」は、第二次世界大戦中にアメリカ軍が使用したモトローラ製の「Walkie Talkie」が、始まりといわれている。

電話機が考案されて間もない頃から「持ち運べる(携帯できる)コードのない」電話の構想はあったようだが、電波を使用して無線で通信でき、人間同士が音声にて会話することが「夢」でしかなかったようである。

近ごろ人気の日本映画「オールウェイズ・三丁目の夕日」の舞台ともなっている「昭和30年代」 その当時に テレビから流れていた、「ウルトラマン」やヒーロー者のアニメの中で、必ずといっていいほど、出てきた場面がある。 腕時計型の小さな無線端末で連絡をとりあっているシーンだ。

その姿にワクワクしながら、遠い「未来」を感じた人は、私だけではないと思う。 その昭和も終わりに近づき、平成への過渡期であった日本は、まさに「バブル期」。 その象徴ともいえる「地上げ屋」は、肩からひも付きの大きな黒い箱をぶらさげていたものだ。 それが当時最先端の「移動端末。」ボックス型の持ち運びの出来るゴツイ電話機である。

電波のノイズの問題やバッテリーの問題、また通信速度など多くの問題により非常に大型になってしまい「携帯」とは到底、言い難いシロモノだった。 それが、いまや超・小型化。

手の平に乗ってしまう…。

最近の携帯電話の高機能化には目を見張るものがある。

カメラ付、着信音がダウンロードできる。そこまでは何とか私も追いつけたが、ワンセグ、着うたフル。さらにはコンビニではお財布代わりにも…。 

私はもう使いこなせない。

次から次へと新機種も登場。古い型は、やがて誰も見向きもしなくなる…。

クオリティ・オブ・ライフを高めるものとして「携帯電話」はもはや若者には無くてはならないものらしい。

そして「携帯電話」ではなく、「ケータイ」になった…。

その「ケータイ」の発展と並行するように、日本の経済も激変したのである。

バブルは弾け、消費も低迷。日本企業も先行き不透明。それまで超元気だった銀行や証券会社も見る影なし。

そこで企業が考え出したのが、人件費削減…。雇用も怪しくなってきた…。

「正規雇用者」から、「派遣」への移行をもたらしたのである。

契約期間が終わると、首が切れる。福利厚生面など考えなくていい、教育すらも派遣業者にまかせればよい。 

企業側にとっては、非常に便利で有効な人材活用。 それをさらに発展させたかのように近年登場してきたのが、 「ワンコール・ワーカー」


     ■ ワンコールワーカー

2004年の労働者派遣法改正により人材派遣会社の業務範囲が拡大され、それにより発生してきたもののようだ。

景気が落ち込み、有効求人倍率が1.0を割り込む中、正規雇用者の数を抑えて、低賃金労働者の需要が高まっている社会背景に加え、「ケータイ」の普及率の高さが生み出した働き方である。

企業側が必要なときにのみ、「派遣会社」に連絡、「派遣会社」が「登録者」の「ケータイ」へ連絡。

「今日はどお~? 仕事あるんだけどぉ ~」

「はい、ぜひお願いします!」

こんな感じで、その日の暮らしがなんとか成立する…。
ワーキング・プアを生み出す。

なんでこんな日本になってしまったのだろうか…。

昔の日本人は、勤勉で優秀だったはずだ。

でも今の若者が昔と変わったのかというと、それほどでもない。
ひとりひとりと話してみると、案外礼儀正しかったり、温和だったりする。

いろいろな意味でデジタル化が生み出した弊害なのかもしれない。

最終的にはアナログが勝つ。

それが、分かってきた人が少しずつではあるが、増えてきたような気がする。

「下町の極小工場」が実は世界経済を動かすような「職人の技(わざ)」をもっている。

「ここをどれくらいを削ればいいかは、カンだよ。カン!」

それが実は、「ナノ(nano)」の世界の話だったりする。
そんな言われ方したら、誰も太刀打ちできない。

アメリカの大資本だって、かなわない。
安く使える外国人にも取って代われない。ハイテク機器もかなわない、たたき上げの、「職人のこだわりの技術」。

最終的には、それが一番、強い食いブチをもたらすものだと思う。

「手に職」 これは昔も今もこれからも、変わらないと私は確信している。


     ■ 2008年3月 この春感動したこと…。

さて、この春のひとつの「感動」をお話します。

東京から遠く、391km の遠距離の愛知県にお住まい。 そこから「助産師さん」がスクールに入学しました。

もちろん、愛知県から住まいを東京に移して、私の元でリフレクソロジーを勉強するのです。

昨年、愛媛からやってきて、いま旅立ちの準備をしているYさんに続く方です。

この新入生は、「助産師」という立派な資格もっている上に リフレクソロジーをしてあげたら、 出産の不安が少しでもやわらぐと思います。

その想いを募らせて、私の元に、東京に、引っ越されてきます。

私は、この方に教えるのが、非常に楽しみです。

責任の重大さも感じますが、リフレクソロジストとして教え甲斐も感じています。

このような方々が私の生徒です。

彼女もそれまでの「キャリア」をひっさげて、東京にやってくるでしょうが、私も「リフレクソロジスト人生」をかけて、 彼女にリフレクソロジーを教えていくつもりです。

「出産・分娩」に関しては、私が逆に教わることも多くあるでしょう。 彼女もその道では専門家だからです。私は到底かなわないと思います。

彼女のような熱心な方には、私は協力は惜しみません。受けて立ちます。

今どうしようかと迷っている「あなた」も彼女につづいて下さい。

「職人的アナログワーク」が一番強いのです。

機械に取って代わられる…。 他の誰でも簡単に真似できる…。

そんな仕事に未来はありません。これからの日本は特にそうです。

私が教えることは、すべて私が勉強し、試行錯誤を続けながら、実体験したことです。 テクニックも経営も。

                  サロン・スクール Christopher.R 早 水 廣 明



                            

ブックマークに追加する
21種類のブックマークに対応